僕たちは、本当に物事の存在はしっているのだろうか?
僕たちは、ただ人間が定義した物ばかりを理解している。
人間は実在しない物に、名前をつけてそれが存在しているかの様に議論をする。
例えば、「友達」「恋人」「風」などのすべての言葉は象徴なのです。
いや、言葉自体が象徴なのです。
これを読んで、僕は「友達」を説明できるって思う人もいる。
それで、自分の「友達」を連れてきて「これが友達だ」っと言っても。
それはただの一個の人間にしかすぎない。
「恋人」でも同じ事です。
それでは、「友達」って何だって聞かれた時に困るから人間は色んな物を定義する。
人間は象徴によって、色んな事を理解できるようになる。
後は、「風」はただの結果にしかない。
「風」が「在る」と言うのは「空気が移動している現象」なのです。
だから、「風」はだたの結果に過ぎない。
すべての言葉は、人間が勝手に決めた事なのだ。
何かを基準にして、また何かを定義する、そしてそれを使いまた何かを説明する。
ある意味、逆ピラミッド構造(▼)、一元論という考え方がある。
すべての始まりは宇宙誕生の「特異点」なのかな?
物事は説明できてるようで、違う視点から見れば本当は何も説明できないかもしれない。

ジョナサン!なんて奴だ!君は「女の子」も「恋人」も実在ではなくて象徴だといって、いろんな女の子とあんなことやこんなことをしようと思っているんだろう!
いやらしーーーーー!
M.N(CEO=チーフ・エロ・お兄さん)
コメント by M.N — 2008 年 10 月 22 日 @ 9:06 PM